特許権や商標権の侵害で差止請求を認容する判決が出た場合、その判決を強制履行する手続に移る。裁判所で差止請求が認容されたからといって、被告が直ちに債務履行するとは限らないので、強制執行が必要になる。強制履行の手段として、直接強制、代替執行、間接強制の3通りがある。
侵害製品の製造販売を禁止する差止請求(特許法101条1項、商標法36条1項)は、被告に対して「~してはならない」という不作為債務の履行を求めるものであるから、その強制執行は「間接強制」による(民事執行法172条)。(「何々を引き渡せ」という命令であれば、「直接強制」により強制執行されるが、「製造販売してはならない」という消極的な命令に対しては、直接強制の方法は採用されない。)さらに、差止請求権に付帯して、権利侵害行為を組成した物の廃棄、侵害行為に供した設備の除去等の作為債務の履行を求めることもでき(特許法101条2項、商標法36条2項)、その場合の強制執行は「代替執行」による(民事執行法171条)。
間接強制とは、債務者に債務を履行しない場合に強制金の支払いを命じるものであり、金銭的な制裁を予告することで、債務の履行を強制させるものだ。特許権または商標権侵害の損害賠償額よりも高額の強制金の支払いを求めることで相手に心理的圧力をかけるものであるから、米国の三倍賠償と呼ばれる懲罰的賠償と似ているところがある。
このように知的財産権の差止請求の強制執行では間接強制という手段が使われ、結局のところ、金銭的補償で解決される(侵害製品はそのまま販売される)こともあるので、差止請求と損害賠償を別個のものとした対置しないで、両者を経済的補償の観点から捉え直すことも提案されている(弁護士三山峻司氏)。損害賠償は過去の損害を賠償するものであるのに対して、差止請求は将来に関することであるので、将来の侵害行為に対する金銭補償という位置づけになる。
さらにこれを押し進めれば、差止請求権のない特許制度の設計という考え方もありえるだろう(参考:差止請求権のない新たな知的財産制度(特許2.0)の提案)。ビジネスの現場では、強力な差止請求権をちらつかせながら、高額の損害賠償請求をすることも行われている(ブログ記事「米国特許法改革ー先願主義に移行するまでの長い道のり」の「パテントトロールは今後、どう出るか?」参照)。特許侵害で事業にストップがかかると企業の息の根が止まってしまうこともあり、特許不実施主体(NPE)による差止請求権の行使を制限する動きがアメリカにはある(ブログ記事「製品の一部が特許を侵害している場合の製品全体の差止」参照)。経済的補償だけで特許制度を設計し直すというのもありかもしれない。