土屋アンナさん主演の舞台「誓い奇跡のシンガー」を巡る騒動

Anna_Tsuchiya土屋アンナさんが主演予定であった舞台「誓い奇跡のシンガー」が昨日突然公演中止となったことで話題になっています。この舞台作品は、身体障害と言語障害を抱える女性歌手・濱田朝美さんの「日本一ヘタな歌手」(光文社)という小説が原案となっているそうです。公演主催者側は、主役の土屋アンナさんが「公的にも私的にも何らの正当な理由なく無断で舞台稽古に参加せず(中略)専らそのことが原因で同公演を開催することができなくなりました」と公式サイトで発表し、「土屋アンナ氏に社会人としての責任をお取りいただくべく,損害賠償訴訟を含む断固たる措置を講じる所存です」としており、穏やかでない事態に進展しています。原作者の濱田朝美さんのブログによれば、土屋アンナさんが舞台稽古への参加を拒否した背景には原作者の著作権の許諾に絡む事情があったようです。

濱田朝美さんが昨夜遅くアップしたブログ記事「重大なお話!」によれば、彼女は自分の小説「日本一ヘタな歌手」の舞台化を許可したことはないと主張しています。彼女のブログによれば、土屋アンナさんは、舞台監督に掛け合って「原作者が納得し、許可した舞台でないのなら、出演出来ません」と伝えたということです。

濱田朝美さんと光文社の出版契約がどのような内容であったのか、私には知ることができないので、この事件に対する直接のコメントは差し控えますが、出版契約とは一般にどういうものか、そこにどのような問題が潜んでいるのかを解説したいと思います。まず、日本書籍出版協会に出版等契約書のヒナ形があったのでこのひな形にもとづいて説明します。

著作物の出版権を出版社に設定する契約により、出版社は、著作物を出版物として複製および頒布する権利を専有することになりますが、契約の条項によっては、著作物の二次利用についても出版社がコントロールする場合があります。上記の出版等契約書のヒナ形によれば、

第3条(二次的利用)
本契約の有効期間中に、本著作物が翻訳・ダイジェスト等、演劇・映画・放送・録音・録画等、その他二次的に利用される場合、甲はその利用に関する処理を乙に委任し、乙は具体的条件について甲と協議のうえ決定する。

とあります。この契約では、出版社が著作物の翻案(映画化や舞台化など)等、著作物の二次的利用については、その利用に関する処理(注:ここでは、著作権の管理全般のことを指すと思われる)を、著作権者(甲)は出版権者(乙)に委任することになっています。契約書において、このような取り決めがなされるかどうかは、著作権者(原著作者)と出版社との力関係にも依ります。出版社が、著作物を出版する権利を専有するとともに、映画化などの権利処理については我々出版社側に任せて欲しいというような場合はこのような委任の条項を追加するでしょうし、原著作者にしても、そういうありがたい話(映画化やドラマ化など)があれば、著作権の権利処理などの面倒な話は出版社にお任せしたいということもあると思います。

今回の濱田朝美さんと光文社の出版契約において、著作物の二次的利用に関する権利処理を出版社に委任する内容が含まれていたかどうかはわかりません。もしそのような委任契約があったのであれば、出版元が舞台制作者や舞台監督(演出家)に対して、著作物の二次的利用に係る翻案権や上演権などの著作権の権利処理を著作者に代わって行うことは、それ自体は当初の契約通りということになるでしょう。もっとも、その場合でも上記契約の条項によれば、「乙は具体的条件について甲と協議のうえ決定する」必要があります。

無名の著作者の場合、出版社との力関係で言えば、とても弱い立場にあるのが普通ですから、出版契約書の内容次第ですが、二次的利用の権利処理を出版社に委任していたり、二次的利用を許諾するような契約になっている場合もあるのかもしれません。

もう一つの争点は、「著作者人格権」です。これは、著作者の人格的利益を保護する強力な権利であり、出版社にとっては扱いにくい、やっかいな権利です。人格権ですから、誰にも譲渡されることのない、著作者固有の権利です。上記の出版等契約書のヒナ形には第10条に規定されています。

第10条(著作者人格権の尊重)
乙は、本著作物の内容・表現または書名・題号等に変更を加える必要が生じた場合には、あらかじめ著作者の承諾を得なければならない。ただし、甲が著作者である場合には、甲は乙に対し、電子出版その他電子的に利用するために必要な範囲において、乙が本著作物に加工、改変等を行うこと、見出し・キーワード等を付加することをあらかじめ許諾する。

これはいわゆる「同一性保持権」というもので著作権法の第20条に規定されています。著作権法に明記されているので、出版契約に上記のような条項が設けられていなくても、原著作者が主張することができる権利です。

著作権法第二十条  著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

同一性保持権は、著作者人格権の一つであり、著作者の人格的利益を保護するものです。それに対して、著作物を映画化するなど翻案することのできる翻案権は、著作権の一つであり、著作権者の財産的利益を保護するものです。著作者=著作権者である限りは、どちらも同一人物に属するので、おそらく問題は生じませんが(問題が生じるとすると、その人の人格が破綻しているということではないでしょうか(笑))、翻案権が譲渡されたり、翻案権が許諾されると、同一性保持権と翻案権(またはそのライセンス)が別人に属することになり、同一性保持権を有する著作者と翻案権の譲渡を受けた著作権者(または翻案権の許諾を受けたライセンシー)の間で緊張関係が生じることがあります。

翻案権の譲渡を受けた者(翻案権についての著作権者)または翻案権の許諾を受けた者(翻案権についてのライセンシー)が著作物の改変を行った場合、著作者は同一性保持権を行使して、著作権者またはライセンシーの改変を差し止めることができるのでしょうか。これはたいへん難しい問題です。翻案権の譲渡もしくは許諾を受けたからといって、同一性保持権を完全に無視していかなる改変を行ってもよいということはありえないし、かといって、原作者に同一性保持権を主張されて一切の改変ができなくなると、原作にもとづいた脚本なんてそもそも作ることができません。翻案権が譲渡もしくは許諾されると、著作者の同一性保持権は一定の制限を受けると考えられますが、同一性保持権(人格権)と翻案権(財産権)の狭間にあって、どのような範囲の改変までが実際に許容されるのかは、判断が難しいところです。

原作者の濱田朝美さんは上記ブログの中で、

そしてその台本を見ましたが、私の本が原作とは思えない程、内容が異なっており、自分の人生を侮辱された様な気持ちでした。

と述べておられますが、これがまさに同一性保持権の問題です。原著作者は小説を原作(原案)として制作されたとされる舞台作品について、同一性保持権を主張して、当該舞台作品の上演を差し止めする権利を有する可能性があります。

ところで、土屋アンナさんに対して舞台制作者側が行う損害賠償請求について、土屋アンナさんは何らかの抗弁ができるでしょうか。土屋アンナさんに原作品についての著作権はありませんので、著作権法上の主張はできませんが、著作権または著作者人格権を侵害する態様で企画された舞台作品に対する出演契約についてはそもそも無効であるとの主張を行うことになりそうです。

P.S.土屋アンナさんを梅宮アンナさんと間違える方が結構いらっしゃるようなので(笑)、念のため。土屋アンナさんの侠気は明星学園ゆずりでしょうか(facebook投稿「あの勝ち気なキャラと潔さは、明星学園ゆずりか?」)。

aoki 弁理士 青木武司

免責事項をお読みください

コメントを残す