サムスンのスマホ製品およびタブレット製品は、アップルのiPhoneやiPadのデザインを「猿まね」(slavishly copy)したものだと舌戦が繰り広げられた米国特許侵害訴訟。アップルとサムスンがしのぎを削った注目の特許侵害事件は、カリフォルニア州連邦地裁陪審評決によって約10億5千万ドル(約825億円)の損害賠償額が認定された。
本件特許侵害訴訟で争われたアップル社の知的財産権は、iPhoneに関する3つの意匠権(Design Patent)とiPadに関する1つの意匠権とこれらのデバイスのユーザインタフェースに関する3つの実用特許(Utility Patent)である。米国では「特許」(Patent)というと、産業上の技術思想を保護する「実用特許」(Utility Patent)と、工業デザインを保護する「意匠権」(Design Patent)の両方を含んでいることに注意したい。
製品そのもののデザインおよび製品の使い勝手(ユーザインタフェース)に関する権利であり、いずれもスマホ、タブレットのもっとも基本的かつ重要な知的財産である。技術の中身ではなく、外見やインタフェースという目に見えるところで権利化しているのが大きな特徴であり、模倣もされやすく、模倣されたときの侵害の特定が容易である。侵害者を裁判に訴えやすい有力な知的財産である。
公判は、当事者のどちらか一方が陪審審理を申し立てた場合、陪審制で行われる。いろいろ問題も指摘される「陪審裁判」である。しかし、民事訴訟のほとんどの事件は、公判(Trial)まで進むことはない。ハリウッド映画でよく見る、法廷弁護士が陪審員の前で弁舌をふるう「劇場型裁判」は全体から見ればごくわずかで数パーセントしかないのだ。カリフォルニア連邦地裁で陪審員のまで繰り広げられたアップル対サムスンの訴訟は珍しい事件であったと言える。
アメリカの民事訴訟にはディスカバリーという非常に強力な証拠開示手続があり、ディスカバリーの結果、和解するか、重要な事実に関して争いがない場合は、当事者が裁判官に判決を求め、裁判官は事件を公判(事実審理)に付すことなく、略式判決を出して終わる(ブログ記事「米国民事訴訟のディスカバリー(証拠開示手続)」参照)。
それだけディスカバリーによる証拠収集が徹底しており、その段階でほとんどの事件は白黒がはっきりしてしまうからである。今回、この強力なディスカバリーがあったおかげで、普段は見ることが許されないアップル社の秘奥であるインダストリアルデザインの開発秘話の一部が明るみになっている(ブログ記事「もしソニーがiPhoneを作ったとしたら…」参照)。
カリフォルニア連邦地裁の裁判官は韓国系アメリカ人のコー判事(Judge Koh)。彼女は法律事務所で弁護士として特許侵害訴訟を代理した経験もある敏腕判事である。カリフォルニア連邦地裁の陪審(あるいは陪審員団)(jury)を構成する陪審員(juror)は10名である。裁判所はまず18人の陪審員を名簿から選出する。判事は、アップル、サムソン、グーグル、モトローラで働いたことがあるか、これからスマートフォンやタブレットを買う予定はあるかなどを陪審員に質問した。地元であるため、アップルで働いている、働いていたことがある人が多かった。双方の弁護士も陪審員候補を尋問し、原告および被告はそれぞれ4人ずつ陪審員を忌避することができる。
サムスン側弁護士「あなたはスマホを買う予定がありますか」
陪審員「はい買う予定です」
サムスン側弁護士「どの機種を買おうとしていますか」
陪審員「もちろんiPhoneです」
サムスン側弁護士「なぜiPhoneなのですか?スマホには他にもいろいろあるでしょう?」
陪審員「いやiPhone以外は考えられません。iPhoneの方がかっこいいからです。」
サムスン側弁護士 (苦笑)
…てな感じで、こういう陪審員はサムスン側弁護士から忌避されます。双方の弁護士が4名ずつ忌避したその結果、最終的に10人の陪審員が選ばれた。ところが、その内、ひとりは後に辞退してしまい、9人の陪審で公判が行われることになる。アメリカの裁判は集中審理方式であるが、今回の複雑な特許侵害事件では、公判に1箇月近くを要しており、その間、陪審員は一時的に職場を離れなければならない。ある女性の陪審員候補は、職場にそのことを申し出たところ、その間は給与を一切払わないと言われたので、陪審員になることができないと辞退したのだった。陪審員ってたいへんな仕事だ。
2012年8月24日、現地時間午後3時半頃から始まった9人の陪審員による評決(verdict)の言い渡しは午後6時半にようやく終わった。陪審が下した評決は以下のようなものだった。
・アップルの特許権および意匠権(デザイン特許)は有効で、被疑侵害品としてリストされていたサムソンのスマートフォン製品はその全部または一部を除き、iPhoneに関するアップルの特許権および意匠権(その一部を除き)を侵害している。
・サムソンの侵害は(その一部を除き)故意である。
・アップルのiPhoneに関するトレードドレスはサムソンの少なくとも一部のスマートフォン製品により希釈化された。
・損害賠償額は総額で約10億ドル。
・アップルの製品がサムソンの特許を侵害しているとのサムソン側の訴えは退け、サムソン側の損害はゼロと認定。
・一方、サムソンのタブレット(Galaxy Tab 10.1)は、アップルのiPadに関する意匠権(デザイン特許)を侵害していないと認定。
・アップル側はサムソンの故意侵害により取り返しのつかない損害(irreparable harm)を受けているとして、裁判所に仮差し止め命令を出すことを求めている。そのためのヒアリングは9月20日にスケジュールされた。
iPhoneに関する2つの部分意匠に関する侵害認否は以下の通り。
iPhoneのアイコン配置の意匠に関する侵害認否は以下の通り。
評決が認定した損害賠償額は以下の通り。二度も書き直しされているのは、陪審員の計算に誤りがあり、サムスン側弁護士から指摘されたためである。計算弱いなあ、アメリカ人!
判事がサムスンの特許侵害が故意であると認定した場合、判事は陪審が認定した損害賠償額の3倍までを懲罰的に命じることができる。これは判事による判決を待たねばならない。
追伸:判事はサムスンの侵害行為の故意性は認定せず、懲罰的賠償を科さずに、陪審評決の損害賠償額を認定した。
ピンバック: もしソニーがiPhoneを作ったとしたら… | 知的財産 法とビジネス