If Sony were to make an iPhone, what would it be like?
「もしソニーがiPhoneを作ったとしたら、どんなものになるだろうか」
アップルとサムスンがしのぎを削った米国特許侵害訴訟。2012年8月24日、カリフォルニア州連邦地裁の陪審評決によって約10億5千万ドル(約825億円)の損害賠償額が認定された。この裁判では、米国の訴訟手続きにディスカバリー(証拠開示手続)と陪審制度がなければ決して知ることのできなかったアップル製品の開発秘話が明るみに出された。
アップルの秘奥と呼ばれるインダストリアル・デザインー二重の扉で厳重に秘密管理されたその部屋でアップルの新製品の工業デザインが開発されている。インダストリアルデザイン部門で設計された工業デザインはプロダクトデザイン部門で実際の製品に具体化されていくが、インダストリアルデザイン部門はアップル社内で絶大な権力をもっており、彼らの設計した工業デザインは製品化されるまで一切の妥協を許さない。
ジョナサン・アイブはジョブズがアップルの製品をデザインする上で、最も信頼を寄せていたパートナーであり、ジョブズの右腕であった(An Interview with Jonathan Iveにはジョブズがアイブとテーブルを囲んで親しく話す写真が掲載されている)。アイブは初代iMacから、MacBook、iPod、iPhoneと、主要製品すべてのデザインを担当した。iPhone開発当時、ジョブズとアイブのところにBusiness Weekに掲載されたある記事の切り抜きが回覧されていた。その記事がiPhoneのデザインが現在の姿になる大きなきっかけとなったという。
ジョブズとアイブに回覧されたBusiness Week記事
以下、問題のその記事を2006年2月22日Business Week Online “Sony Strives for Original Design”から翻訳して引用する。
(記者)ウォークマンはイメージを一新して角が丸くなりました・・・iPodはあなたのデザインにどれくらい影響を与えましたか?
森澤氏(ソニーのクリエイティブディレクタ):
…初代のウォークマンを見て考えました。「音楽をどうやってカタチにするのか」と。音楽にはカタチがありません。ただ流れるだけです。…
私は考えました。線に終わりがあってはいけないと。
それで丸い形を描き始めたのです。そして線を動かし続けました。
森澤氏:
…
多くの他のプレイヤーにはスクリーンとボタンがありますが、私の最初のモックアップにはボタンがありませんでした。
…
背面はなめらかにしなければならないと考えました。エンジニアは背面を平坦にしたがりました。しかし、私は、背面を平坦にして音楽を聴いている人をいやな気分にさせたくありませんでした。私は二種類のモックアップを作ってエンジニアに違いを感じさせることができました。
彼はさらに次のように記者に述べている。
(記者)デザインに満足していますか?
森澤氏:はい
(記者)満足していないところは?
森澤氏:ボタンです。ボタンをつけない方法があると言いたいです。
ソニーのカリスマデザイナー森澤氏がデザインしたのは…
森澤有人氏はウォークマンやVAIOなどをデザインしたソニーのカリスマデザイナーである(Future Design WALKMAN® S Series参照)。
森澤氏がデザインし、世に出したのはソニーのウォークマンの最新機種NW-A3000であった。世に出た製品には十字キーなどのボタンが残っていた。ボタンをつけないデザインへのこだわり。
角のない丸いカタチ、終わりのない曲線、なめらかな背面、そしてボタンがない。
森澤がデザインしたのはソニーのウォークマンだったが、そのデザインコンセプトはいかにもiPhoneのデザインを彷彿とさせる。
もしソニーがiPhoneを作ったとしたら…
このBusiness Weekの記事を見たジョブズとアイブは「もしソニーがiPhoneを作ったとしたら、どんなものになるだろうか?」と考えた。そして、当時のアップルの日本人デザイナー西堀晋氏にソニーライクなアップルのスマートフォンのモックアップを作らせたのである(アップル対サムスン裁判でわかった意外な事実5点参照)。そのモックアップがこれである(裁判資料から引用)。ソニーのロゴまで入っているが、これはソニーが作ったものではなく、アップルの日本人デザイナが作ったモックアップであるから混乱しないで欲しい。この西堀氏のモックアップが初代iPhoneデザインを決定づけることになる(初代iPhone誕生前の“ソニー風”デザイン試作が発掘される アップル対サムスン訴訟の裁判資料から明らかに)。もっとも西堀氏のデザインは、丸みのある背面が特徴的だった初代iPhoneではなく、四角い形状のiPhone4を思わせるが。
サムソン側弁護士がディスカバリーで収集した証拠
西堀氏の証言:
「自分の作ったソニースタイルのデザインがiPhoneのプロジェクトの方向を変え、現在のiPhoneのデザインにつながった。」
デザイン責任者ジョナサン・アイブ氏に宛てたデザイナのリチャード・ハワース氏のメール:
「アップルが検討中だったiPhoneの別のデザインとは対照的に、西堀氏がデザインしたソニースタイルのデザインは、見た目がよりコンパクトで、耳に当てたりポケットに入れたときよりかっこいいプロダクトであった」と報告。
西堀氏のモックアップがiPhoneの現在のデザインを決定づけたとの西堀氏の貴重な証言(ディポジションで得られたものであろう)。そして、アイブ氏に宛てたメールでは、iPhoneには「別のデザイン」、すなわち、西堀氏のモックアップを見る前に考えていた当初のデザインがあったことが明らかにされる。アップルはこの当初のデザインを捨てて、西堀氏のモックアップのデザインに切り換えたようなのである。
アップルのiPodの登場が、ソニーのカリスマデザイナ森澤に刺激を与え、そのインタビュー記事を見たアップルデザイナ西堀がソニーライクなiPhoneモックアップをデザインし、それがiPhoneを登場させる。わくわくするようなiPhoneのデザイン開発秘話だ。
訴訟相手も知らないこのような開発秘話が裁判で飛び出すのは、米国の民事訴訟にはディスカバリーと呼ばれる強力な証拠開示手続があるからである(ブログ記事「米国民事訴訟のディスカバリー(証拠開示手続)」参照)。西堀氏の貴重な証言もディポジション(証言録取)というディスカバリーの手続の中で得られたものであろう。なお、ディポジションの逸話としては、時代を騒がせたハイパーネット特許の発明者であった板倉雄一郎氏のエッセイ「懲りないくん」2001年2月25日号が生々しく、かつ面白いので参照されたい。
アップルが独自性を主張するiPhoneのデザインのルーツはソニーにあったかもしれないーiPhoneのデザインの独自性を否定したいサムスンにとっては、好都合な証拠資料だった。
サムソン側弁護士はこの西堀証言の証拠採用を再三要求した。しかし、コー判事はこの証言は証拠能力がないとして取り合わなかった。なぜなら、モックアップはあくまでもアップルが作ったのであり、ソニーが考えたものではない。アップルのデザインの独自性を否定する証拠にはならないと考えられるからだ。
判事に証拠採用を拒否されたサムスン側弁護士は、この後、ありえない行動を取る。メディアにこの証拠資料をリークしたのだ。アップル側弁護士は法廷を侮辱したとして制裁(サムソン側の敗訴)を判事に求めた。普段は冷静沈着なコー判事も法廷でサムスン側弁護士に怒りを爆発させた。証拠採用を訴えるサムソン側弁護士に「私から制裁を受けたいのですか。座りなさい」と一喝する場面もあった。
ディスカバリーではサムソン側を決定的に不利にするいくつかの重要情報も発掘された。サムソンの意図的な特許侵害を裏付けるメールの存在が明らかになったのである。2010年当時のサムスン社内のメールには、グーグルの幹部がサムスンに対して、アップル製品にあまり似たデザインとならないように設計変更を求めた内容が記されていた。このメールは、サムスンがアップル製品の特許を故意に侵害したと陪審団に確信させるのに十分だった(第65回「アップル/サムスン特許訴訟の約800億円の評決は妥当か」(米国特許弁護士服部健一氏)参照)。
その他、この裁判では、ジョブズらは、iCarの開発を考えていたことなども公判における証人尋問から明らかになっている。
秘密主義に徹するアップルであっても、アメリカの民事訴訟のディスカバリーの前では厚いベールの内側を見せるのであった。生前は「偽物コピーは許せない。つぶしてやる」と怒りをあらわにしていたスティーブ・ジョブズであったが、彼が生きていたら、開発現場の秘密が法廷で次々と明かされていくことを望んだかどうかはわからない。
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