企業買収の交渉における当事者の情報開示義務および企業買収契約における表明保証条項の意義と機能

[1]企業買収の交渉における当事者の情報開示義務について

(1)原則

企業買収も私人間の取引の一つであることから私的自治の原則に委ねることが相当であり、買収契約を締結する際の情報収集は、契約当事者の責任において行うべきものであるから、基本的には、相手方当事者に情報提供義務を負わせることはできないと解するのが妥当である。企業買収契約においては、相互に対等な当事者が契約を締結するのが通常であり、事業者と消費者のように情報を収集する能力に格差が存在する場合における契約交渉とは性質が異なり、双方の当事者はデューデリジェンスにより、相手方の情報を収集する能力を対応に持っているからである。したがって、売主は会社の資産状況などにつき虚偽の事実を告げてはならないという消極的意味での義務を負うことはあっても、積極的に資産状況などについて情報を開示しなければならないという義務は負っていないと解される。

(2)例外その1-信義則による場合

企業買収契約が私人間の契約である以上、民法の規定が適用される。民法1条2項の信義則にしたがい、当事者は企業買収の交渉を誠実に行うべき義務を負う。この場合、根拠の乏しい情報を提供して相手方に誤解に基づく期待を抱かせないように配慮する義務があり、また、いったん確実な情報を提供した結果、相手方に期待を抱かせ、その後事情に変化が生じた場合は、新たな情報を提供し、相手方に不測の損害を与えないように配慮する義務があると考えられる。

(3)例外その2-契約の明文規定がある場合

企業買収契約の明文規定から情報開示義務を導き得る場合は、当事者は情報開示義務を負う。たとえば、売主または買主の財務状況等の情報について表明保証責任が規定されている場合である。この場合、当然、売主または買主は相手方に対し財務状況等の情報を開示する義務を負う。

(4)例外その3-先行行為がある場合

企業買収交渉に際し、当事者の一方が財務情報等の開示行為を行い、その先行行為にもとづいて相手方が財務状態に関する一定の認識を形成したとする。後にこれと異なる財務状況に陥るなど事情が著しく変化した場合は、当事者は自己の先行行為によって形成された相手方の認識を是正すべきであり、財務状況に関する新しい情報を開示する義務があると解される。相手方はいったん開示された情報を信頼して契約の締結に至るのであり、後に事情が変わったことを知らなかった相手方に自己責任を問うのは不当であるからである。

(5)例外その4-公開情報の場合

(4)では、当事者がいったん開示した財務情報等について事情が変わり、相手方に形成された認識を是正すべき場合は、先行行為にもとづく情報開示義務を負うとしたが、一般に公開されている財務情報等についてまで一律に先行行為とみなして、常に更新された情報を開示する義務を当事者に負わせることは妥当ではないと考えられる。なぜなら、一般に公開されている財務情報を当事者が積極的に収集したかどうか、あるいは、その情報にどの程度依拠して契約を締結したかどうかは必ずしも明らかではないからである。契約交渉過程において顕在化し、契約締結の際に依拠したことが明らかな情報については、相手方に形成された認識を是正すべく、更新された情報を開示する義務があるが、そうではない情報については、相手方が当該情報にどの程度依拠したかを考慮して、情報開示義務の有無を判断すべきである。

しかしながら、有価証券報告書など法令にもとづいて正確に開示しなければならないとされる重要情報については、それに重大な誤りや虚偽記載があった場合は、相手方がその情報に依拠したかどうかを問わずに、当事者に情報開示義務を負わせるのが妥当であると考える。このような重要情報については、企業買収交渉の過程で具体的に現れていたという事実がなくても、当事者が当然に依拠することが合理的に認められるからである。

[2]企業買収契約における表明保証条項の意義と機能

企業買収契約には通常、表明保証条項が設けられる。表明保証とは、契約締結の際、当事者の一方が、ある時点における当事者に関する事実、契約の目的物に関する事実などについて、当該事実が真実かつ正確であることを明示的に表明し、相手方当事者に保証することである。企業買収においては、売主が買主に対して表明保証する条項と、買主が売主に対して表明保証する条項が設けられる。表明保証した当事者は、表明保証した事実については保証責任を負うが、表明保証していない事実については保証責任を負わない。契約自由の原則にしたがい、対応関係にある当事者が契約書において表明保証しなかった事実については、契約書に表れた当事者の意思として尊重するからである。

企業買収契約において、表明保証条項は、主に買収対象会社の企業価値に瑕疵がある場合の救済手段として、瑕疵担保責任の一つである損害賠償について定める規定として位置づけられる。具体的な救済措置としては、(1)表明保証に違反する場合を補償条項の適用対象として損害賠償の請求ができるようにする。また、(2)取引を完了せずに取りやめることを救済措置とする場合には、取引を完結する前提条件として表明保証違反がないことを定めておく。さらに、(3)表明保証に違反する場合は、契約の解除ができるように解除条項の適用対象とすることもある。

(1)の補償条項には、簡単に言えば、

売主/買主は、売主/買主の表明及び保証の違反に起因して、買主/売主が損害を被った場合、かかる損害について、買主/売主に補償する

というように規定される。補償にあたっては、上限を定めることが多い。

(2)の前提条件には、簡単に言えば、

買主/売主は、クロージング日において下記を前提条件として買主/売主の義務を履行する。クロージング日において下記の前提条件が満たされていない場合は、買主/売主は義務を負わない。
本締結日及びクロージング日において、別紙記載の買主/売主の表明保証事項がすべて真実かつ正確であること
・・・

というように規定される。締結日だけでなく、クロージング日においても相手方の表明保証事項が真実かつ正確であることを前提条件としておくことで事後的な表明保証違反に対する救済となる。

(3)の解除条項には、簡単に言えば、

売主/買主は、株式譲渡が実行される前に以下の事項が発生した場合に限り、買主/売主に対する書面による通知により、本契約を解除することができる。売主/買主は株式譲渡が実行された後は、本契約を解除することができない。
別紙に定める買主/売主の表明保証に違反があった場合
・・・

というように規定される。

このように表明保証違反について補償条項、前提条件、解除条項に救済措置として規定しておけば、買収契約の締結後であってもクロージングまでは、表明保証違反があった場合に前提条件を満たさないとして、取引を完了しないで取りやめることができる。また、解除条項があれば、契約そのものを解除することもできる。契約の実行後は、補償条項にもとづいて、損害賠償を請求することができる。

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