複数の主体による特許発明の実施

知財高裁平成22年3月24日判決(平成20年(ネ)第10085号)の「第4 当裁判所の判断」の「3 被控訴人の侵害主体性(争点7)」における議論は、複数の主体が特許発明の実施に関与する場合の特許権侵害の成否に関するものである。原則、特許請求の範囲を分節した構成要件のすべてを被告が単独で実施する場合に特許権侵害が成立する。特許権者は業として特許発明の実施をする権利を専有し(特許法68条)、特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法70条1項)ところ、特許発明の構成の一部のみしか実施しない者に権利行使を許すと、特許権の権利範囲についての予測可能性が大きく損なわれることになるからである。しかし、本件のように複数の主体が特許発明の実施に関与し、単独の主体で見ると、特許発明の構成のすべてを実施しているのではない場合、原則論を採用すると、いずれの主体も特許権を侵害していないことになり、特許権の保護が十分であるとは言えない。そこで、従前は、以下のような理論構成を行って、特許権の侵害を肯定することが行われてきた。

(1)間接侵害
一定要件を満たせば、複数の主体のいずれかによる特許発明の一部の実施を間接侵害として捉えることができる。本件に当てはめれば、被控訴人がサーバを用いて、REDIRECTコマンド中のURLをクライアントに返送する行為(構成要件E)が、クライアントが前記URLを用いて情報ページにアクセスする方法の実施にのみ用いられる場合(特許法101条4号)、または構成要件Eの行為が発明による課題の解決に不可欠であり、その発明の実施に用いられることを知っている場合(同5号)、間接侵害が成立しうる。

(2)共同直接侵害
民法719条1項の共同不法行為に関する規定にもとづき、複数の主体が一体となって特許発明の実施をしている場合、各行為者が連帯して特許権侵害の責めを負う。これを本件に当てはめれば、被控訴人は、クライアントが情報ページにアクセスするための方法を提供し、クライアント(パソコン)を使用するユーザは、その方法を用いて当該情報ページにアクセスしており、被控訴人はユーザと共同して、特許発明を実施していると捉えることができる。よって、被控訴人とユーザは連帯して特許権侵害の責めを負うと解される。

(3)道具理論
複数の主体の内、いずれかの特定の主体が、特許発明のすべての構成要件を実質的に実施していると見る「道具理論」がある(東京地判平成13年9月20日電着画像事件)。この理論は、特許発明の一部の構成要件が被告ではなく、被告製品の購入者など第三者によってなされている場合であっても、当該第三者による実施行為については、被告が当該第三者を道具として当該構成要件を実施していると評価して、被告が特許発明のすべての構成要件を実質的に実施していると見なし、特許権の直接侵害の成立を認める。

これを本件に当てはめれば、クライアントを用いて行うユーザの行為は、構成要件Bの「前記クライアントにおいて記述子を提供する段階」と、構成要件Fの「前記URLにより識別されたページを前記クライアント側で表示する段階」に限られ、サーバを用いてアクセス方法を提供する被控訴人が、当該ユーザを道具として当該構成要件BとFを実施していると評価しうるものであるから、被控訴人が構成要件BおよびFも実質的に実施していると見ることができる。よって、被控訴人は特許発明のすべての構成要件を実質的に実施し、特許権を直接侵害しているとの理論構成が可能である。

(4)支配管理性基準
東京地判平成19年12月14日(HOYA事件)において構成要件充足性と発明の実施行為の認定を区別する判断枠組みが示され、「構成要件の充足の点は、2つ以上の主体の関与を前提に、行為者として予定されている者が特許請求の範囲に記載された各行為を行ったか、各システムの一部を保有又は所有しているかを判断すれば足り」るとする一方、「特許権侵害を理由に、だれに対して差止め及び損害賠償を求めることができるか、すなわち発明の実施行為を行っている者はだれかは、構成要件の充足の問題とは異なり、当該システムを支配管理している者はだれかを判断して決定されるべきである」と判示した。

これを本件に当てはめれば、構成要件の充足の点では、被控訴人はサーバを用いて構成要件C、DおよびEの各行為を行っているが、構成要件BおよびFはユーザがクライアントPCを用いて行っており、複数の主体により特許発明のすべての構成要件が充足されている。それに対して、特許発明の実施行為を行っている者として、差止め及び損害賠償を求められるのは、当該サーバシステムを支配管理している被控訴人であると判断できる。

このように、従前の学説や判例を踏まえれば、本件は(3)道具理論や(4)支配管理性基準により、被控訴人による特許発明の直接侵害の成立を理論付けることができよう。しかし、本件判決は、上記のいずれの学説、判例を用いることなく、独自の判断を示しているようである。まず、構成要件の充足の点では、「本件発明は「アクセス」の発明ではなく、「アクセスを提供する方法」の発明であるから、具体的にクライアントによるアクセスがなければ本件発明に係る特許権を侵害することができないものではない。」と述べ、被控訴人による「アクセスを提供する方法」は本件発明の技術的範囲に属すると結論づけている。この判断と結論には疑問が残る。確かに、判決が述べるように「クライアントの主体的行為によって、クライアントによる個別のアクセスが本件発明の技術的範囲に属するものとなったり、ならなかったりするものではない」が、クライアントPCが主体として実行する構成要件BおよびFは、少なくとも形式的には特許発明の構成要件であるため、特許発明の構成要件のすべてを実施してはじめて直接侵害が成立するという原則論の立場を離れてこのような判断をするにはそれに足りる理論的根拠が明確にされるべきである。

一方、発明の実施行為の認定については、「本件発明に係る「アクセスを提供する方法」が提供されている限り、クライアントは、被控訴人方法として提供されるアクセス方法の枠内において目的の情報ページにアクセスすることができるにとどまるのであり、(中略)クライアントの個別の行為を待って初めて特許発明の実施行為が完成すると解すべきものでもない」と述べ、被控訴人によるアクセス方法の提供行為が特許発明の実施行為と評価されるべきであるとした。この発明の実施行為の認定は、道具理論や支配管理性基準に通じるところがあり、それらに代わりうる一般的な判断基準を提示したものではないにしても、その判断自体は妥当である。

[参考文献]
[1]松田俊治「複数主体が関与する物の発明について特許権の侵害を肯定した事例―東京地判平成19年12月14日(HOYA事件)を題材にして―」、月刊パテント2009年7月号
[2]平嶋竜太「複数主体による特許権侵害について判断した事例」、速報判例解説-TKCローライブラリー

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