人をほっとさせるレモン飲料なのか、温かいレモン飲料なのか?

Calpis Hot Lemonカルピス株式会社の商標「ほっとレモン」の商標登録の取消決定を維持する判決が知財高裁から出されました(平成24年(行ケ)10352号(知財高裁平成25年08月28日判決))。カルピス社は商標「ほっとレモン」が「人をほっとさせるレモン飲料」というイメージとともに多くの需要者に周知されてきていると主張しましたが、裁判所は、商標「ほっとレモン」は、「温かいレモン飲料」であることを普通に表示する標章のみからなる商標に過ぎず、「ほっと」の文字部分が長く使用された結果、商品の出所識別機能を有するに至ったものではないとしました。

カルピス株式会社は、「レモンを加味した清涼飲料、レモンを加味した果実飲料」を指定商品とする商標「ほっとレモン」(商標登録第5427470号)の商標権者ですが、サントリーホールディングス株式会社およびキリンホールディングス株式会社から登録異議の申立てがなされ、特許庁により、商標登録を取り消す旨の決定がなされました。本事件は、カルピス株式会社(原告)が、特許庁の異議決定の取り消しを裁判所に請求したものです。

一般に、 「商品の…品質、原材料…を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」(商標法3条1項3号)は商標登録を受けることができません。商品の品質や原材料をそのまま記述しただけの商標(「記述的商標」と呼ばれます)に商標登録を認めると、他人が取引に際し商品の内容を表示することもできなくなるからです。「ほっとレモン」が「温かいレモン飲料」であることを普通に表示する標章のみからなる商標(記述的商標)であるとすると、商標登録は受けることができません。

しかしながら、そのような記述的商標であっても、長く使用された結果、識別力を有するようになる商標もあります。これを「使用による識別性」を獲得した商標といいますが、使用によって識別力をもつに至った商標については以下のように例外的に登録が認められています。

前項第三号(筆者注:「記述的商標」)から第五号までに該当する商標であつても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。(商標法3条2項)

この「使用による識別性」に関して、原告のカルピス株式会社はたいへん興味深いアンケート調査結果を裁判所に提出しています(当該判決から引用します)。

『缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料』ときくと,なんという商品名やメーカー(会社名)が思い浮かぶか」との質問に対して,「ホットレモン」と回答した者は全体の27.3%であり,「ほっとレモン」と回答した者は全体の20.3%であった。

a 「ホットレモン」と回答した者に対するさらなる質問において,メーカー名について回答した者は次のとおりであった。
キリン(0.7%)
カルピス(1.0%)
サントリー(0.7%)
ダイドー(0.7%)
ポッカ(9.7%)
JT(0.3%)
小岩井(0.3%)。
わからないとの回答(14.7%)。

b また,「ほっとレモン」と回答した者のうち,メーカー名について回答した者は,次のとおりであった。
カルピス(0.3%)
キリン(0.3%)
サントリー(0.3%)
アサヒ(0.7%)
ポッカ(7.7%)
わからないとの回答(11.0%)

質問に対して需要者の2割が商標「ほっとレモン」を思い浮かべるが、それがカルピスの商標であると正しく認識できている需要者は全体の0.3%ときわめて少ないことがわかります。

かくいう私も、あの温かいペットボトルに入った「ほっとレモン」はとても好きで愛飲していましたが、これがカルピスの商品であることはあまり意識していませんでした(私も7.7%の需要者のようにポッカの商品と思い込んでいたかもしれませんーこれは失礼しました!)。

裁判所は、この需要者のアンケート調査結果を踏まえ、「「ほっとレモン」の文字,及び同文字の一部である平仮名「ほっと」が,調査時点において,「缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料」との品質,原材料等を説明的に示すものとして使用されており,それを超えて,特定の出所識別機能を有するものとして使用されているということはできない。」と認定しています。

しかし、もう一度、法律に戻って考えてみましょう。商標法3条2項には「使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。」とあります。ここで条文に「何人かの」と規定されているのは、当該商標を付した商品が特定人の業務に係るものであることの認識までは問わない趣旨であると解されます。すなわち法律上は、使用による識別性が認められるためには、<誰>(who)の業務に係る商品であるかを特定できなくても、<誰か>(somebody)の業務に係る商品であることを認識できれば足りると解されます。

「ほっとレモン」はどうでしょうか。アンケート調査によれば、質問に対して需要者の20.3%が「ほっとレモン」と回答しており、それが<誰か>の業務に係る商品であることを認識しているようです。しかし、それが<誰>の業務に係る商品であるかを正しく認識できている人はごくわずかでした。需要者全体の20.3%という数字が十分であるかどうかという問題はありますが、「ほっとレモン」が記述的商標であったとしても、カルピス社がその商標を使用した商品を大量に販売し、広告宣伝活動にも努めた結果、需要者の相当数が「ほっとレモン」が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるようになったと評価する余地もあるように思います。

さらには、「本件商標を「みた/みたような気がする」と回答した者は90%であり,「CALPIS」の文字を消去した原告商品の写真について「みた/みたような気がする」と回答した者は95.7%であった。」との調査結果や、「缶やペットボトルに入ったホット飲料と聞くとどのようなブランドを思い浮かぶかとの問いに対して,「ほっとレモン」と回答したのは被験者全体の17.4パーセントで,ホットドリンク全体の5番目に位置した。最も多く連想されたのは,「ジョージア」で34.8パーセントであった。原告商品の商品認知度は80パーセントであり,果実系飲料の中では最も高かった(甲3の11)。」という調査結果も証拠提出されています。

需要者の多くは、本件商標「ほっとレモン」を付した商品がカルピスの業務に係るものであるとは正しく認識していないものの、本件商標「ほっとレモン」を付した商品を他の商品の中から選り分けて購入していることをうかがい知ることができると思います。

裁判所は、本件商標「ほっとレモン」が「特定の出所識別機能を有するものとして使用されているということはできない。」と認定していますが、商標の本質(本来的な機能)は、自社商品を他社商品から識別すること(「識別性」)にあり、「出所表示機能」(商標が付された商品の出所を需要者に認識させる機能)は、識別性のある商標から派生する三つの機能の一つである(他の二つは「品質保証機能」と「広告宣伝機能」であるとされています)と整理することもできます。

商標法3条2項の条文に立ち返って考えるなら、記述的商標であっても、長く使用された結果、需要者が<何人か>(any person)の業務に係る商品であることを認識することができるもの、すなわち自他商品識別機能を有するに至ったものについては、例外的に、商標登録を受けることができると考えることができそうです。条文は<特定の者>(a particular person)の業務に係る商品であることを認識することができることまでも求めていないように読めます。

商標「ほっとレモン」は、どこかで見たような気がするが、どの飲料メーカーだったかは覚えていない。一般需要者というのはそういうものだと思います。コンビニエンスストアや自販機などで販売されているものであれば、消費者は、一定の品質が保証されたメーカーによる飲料であるとして、安心して購入します。商標によって自分が飲みたい商品を他の商品から選別していますが、その商標がどの飲料メーカーの商標であるかはあまり意識していないものです。

商標とは、「商品を購入し、あるいは役務(サービス)の提供を受ける需要者が、その商品や役務の出所(誰が提供しているか)を認識可能とするために使用される標識」であり、「需要者は、標章を知覚することによって商品や役務の出所を認識し、購入したい商品、または提供を受けたい役務を選択することができる。」と説明されますが(wikipediaより引用)、需要者は本当に商品の出所(誰が提供しているか)を認識しながら、商品を買っているのでしょうか。「ほっとレモン」の例を考えるとき、需要者は、商標の出所表示機能(誰の商品であるか)よりは、自他商品識別機能(どの商品であるか)を頼りに、商品を選択しているようにも思えます。自分の消費行動を振り返ってもそういうことがしばしばあります。気に入って繰り返し買う商品であっても、「あれっ?どこのメーカーだっけ?」とわからなくなる(意識すらしていない)こともしばしばです。

なお、補足しますが、仮に「ほっとレモン」に商標登録が認められたとしても、「温かいレモン飲料」であること(当該商品の品質や原材料)を普通に用いられる方法で表示する商標の使用には商標権の効力は及びません(商標法第26条1項2号)。商標「ほっとレモン」に使用による識別性が認められ、指定商品「レモンを加味した清涼飲料、レモンを加味した果実飲料」について商標登録がなされたとしても、指定商品もしくはこれに類似する商品の品質や原材料を普通に用いられる方法で表示する商標を使用しても(たとえば、缶入りの温かいレモンジュースに普通に「ホットレモン」と表示した商品を販売するなど)、「ほっとレモン」の商標権の侵害にはならないし、そのような商標にはそもそも「ほっとレモン」に認められるような「自他商品識別機能」がないわけですから、「ほっとレモン」との間で、出所混同が生じる心配もないと考えられます。

aoki

 

プライムワークス国際特許事務所
弁理士 青木武司

コメントを残す