新たな拒絶理由での拒絶査定維持審決は不意打ち?

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拒絶査定不服審判請求時の補正を、新規な拒絶理由で事前通知なしに却下しても不合理ではない。

平成19年(行ケ)第10056号 審決取消請求事件 平成19年10月31日 知的財産高等裁判所)
[判旨]
原告は、発明に該当しない(29条1項柱)という拒絶理由は、(拒絶査定不服審判請求時の限定的減縮の)本件補正により生じた拒絶理由ではなく、本件補正前から存在し、(審査段階で)見落とされていた拒絶理由であるから、特許法17条の2第5項(現特許法17条の2第6項)が適用され(て補正却下(159条1項において読み替えて準用する53条1項)され)るべきではない旨主張する。
しかし、補正の却下を定めた上記規定において、原告の主張を裏付ける規定はない。
原告は、本件補正を(仮に)行なわなかった場合、(補正却下がされることはないので)拒絶理由通知(50条)を発することなく、いきなり不意打ち的に「発明該当性の欠如」(29条1項柱)を理由として拒絶審決を行なうことが許されないこととのバランスなどともいう。
しかし、上記各規定に照らしても、拒絶査定を維持する審決とその手続きにおける補正の却下において、出願人に対する事前の査定と異なる拒絶の理由の通知をする必要性については、取り扱いが異なるのであり、不合理であるとは必ずしも認められず、原告の主張は採用できない。
注意:(カッコ)書き説明は、筆者にて追加。

[解説]
原告が平成18年8月24日に拒絶査定不服審判を請求していわゆる限定的減縮(17条の2第5項2号)とする本件補正(17条の2第1項4号)を行なったところ、特許庁は、同年12月18日に本件補正を却下した上で、拒絶査定を維持する審決をした。原告は、この審決を不服として本件訴訟で争った。
本件補正後の本願補正発明は、審決において①特許法第29条第1項柱書きに規定する発明に該当しない、②特許法第29条第2項の独立特許要件(17条の2第6項で準用する126条5項)を充足しないとの二つの理由で補正却下された。このうち、①の発明該当性については、判決において「全体としてみると、自然法則を利用しているといえる」として、この限りにおいて審決は誤りを含むとされた。しかし、上記②の理由により補正却下した審決の結論に誤りはないとされ、審決が維持された。
ここで、補正却下(53条)は、既に調査した引例等の審査資源を有効に活用し、迅速な審査を担保する趣旨の規定とされている。また、拒絶査定不服審判請求時等に加重される補正の内容的制限(17条の2第5項、6項)も、同趣旨に基づくとされ、審判においても続審主義により審査時の手続きは効力を有する(158条、159条)。
原告にしてみれば、なんら補正をせずに審判請求した場合には補正が却下されることはありえず、「査定の理由と異なる拒絶の理由」(159条2項で読み替えて準用する50条)として、上記①の拒絶理由が通知されると期待できるとした(特許庁審査基準第ⅠⅩ部4.3.3.2)。さすれば、原告は、新たな手続補正の機会を得て(17条の2第1項1号)、庁対応することが可能であったとも考えられる。さらには、審査段階で上記①の拒絶理由を通知されていれば、何らかの対応措置を講ずることも可能であったのかもしれない。
一方、いわゆる門前払いとして補正却下される場合には、上記「査定の理由と異なる拒絶の理由」が通知されることはない。従って、「査定の理由と異なる拒絶の理由」に該当する新たな拒絶理由が発見されたとしても、その新たな拒絶理由が補正却下される理由に該当する場合(159条1項において読み替えて準用する53条1項)には、原告にしてみればいわば寝耳に水の拒絶理由により、審判段階で何ら対応する術もなく補正が却下されて、査定時の請求項に戻り、本件においては拒絶査定の維持審決となった。
ここで、原告が主張するように拒絶査定時の特許請求の範囲において、上述の①の拒絶理由が見逃されていたというのであれば(この点については本判決で触れられておらず、特許庁は本件補正により新たに生じたものとしている)、審判段階等において新たに拒絶理由を通知(160条等)することも可能であったとも思われるが、拒絶査定維持の審決が早々に為されたことを考慮すると、原告に再度補正の機会を与える利益をも凌駕するような特許性が強く否定されるべき心証を、審判官の合議体が抱いたのかもしれない。
審判において新たな拒絶理由が発見されれば通知されるので不意打ちはされないはずだという思いこみがあるなら、今一度、条文を再確認することをお勧めしたい。
拒絶査定不服審判請求時の手続補正が却下される理由には、新規事項の追加(17条の2第3項)、シフト補正(同4項)、独立特許要件を満たす限定的減縮(同5項2号、6項)等補正の内容的制限(同5項各号)がある。
特に、複数の拒絶理由通知やその対応により審査過程を経た後の審判請求時には、独立特許要件のうち進歩性(29条2項)にのみ注意を奪われる傾向があると思われるが、審査段階で通知された拒絶理由であるか否かに拘わらず、本件のように29条1項柱書きをはじめ様々な独立特許要件(29条、29条の2、32条、36条4項1号等、39条1項等)により補正却下される可能性があることにも注意したい(審査基準第ⅠX部6.2.1(4))。
誤解を恐れずに言うならば、拒絶査定不服審判請求時の補正は“一発勝負”であるといえる。
(まとめ)
審査段階においては、二回目以降の拒絶理由通知であっても「最初の拒絶理由通知」とすべき場合等(審査基準第ⅠX部4.3.3.2、 4.3.3.1(2)、4.3.3.3(1)等)、出願人に対して補正の機会が不当に制限されることがないように種々配慮されている(審査基準第ⅠX部4.3.3.3(3)、審査基準第ⅠX部6.1(2))。
しかし、これらはいずれも審査段階における、出願人に不利な扱いとならない取り計らいとする特許庁の運用基準であり、もちろん条文上でこのように取り扱うとの規定は存在しない。また審査基準は、文字通り審査段階での基準であって、続審主義とはいえ審判段階での運用取り扱い基準を定めるものではない。
判決では、審判請求時の手続補正においても未だ特許法29条2項の拒絶理由が解消されておらず、補正却下とすることは妥当であるとの判断がされている。出願人は、費用と時間と労力とをかけて、それなりの意気込みを持って審判請求したはずであり、その結果としての補正却下処分は、極めて不本意であったことは十分に推察できる。この点、米国のRCEとは異なり、審判請求においては対世効を有する権利生成の場面において、早期決着を図る利益を優先した制度としたものと考えられ、審判請求時の補正には特段繊細な注意が必要とされる。
当然のことではあるが出願人側としては、特許庁からの手厚い手続き上の保護が手当されている審査段階において、特許性を見いだせるように最大限の努力をしたい。

弁理士 鎌田 和弘

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