公園と思って歩いていたら、いつのまにかキャンパスにいた―オランダの工業都市アイントホーヘン(Eindhoven)の街に溶け込んだ、「校門」というものがないアイントホーヘン工科大学(TU/e)。その自然豊かなキャンパスには「イノベーターの土地」と書かれた看板が立つ。インダストリアルデザインの研究でも名高いこの大学でオランダの彫刻家、デザイナーGerrit Van Bakel (1943-1984) のTarim Machine (1982)という、長さ6メートルもあるなんとも不思議な作品に出会った。
アイントホーヘンはアートとテクノロジーの交錯する街である。街を歩くと突然アートなオブジェに出くわす。アイントホーヘン工科大学もそうである(TU/e Art Collection)。この不思議なTarim Machineの話をする前に、まずアイントホーヘンにあるモダンアートの美術館Van Abbemuseum(ファン・アッベ美術館)を訪ねてみよう。アイントホーヘンを少し北に歩いて行くと…建物からしてモダンアートなのだから、目の前に現れたときにはびっくりしてしまう。ここには前述のGerrit Van Bakel(ヘリット・ファン・バケル)の作品が展示されている(The works of Gerrit van Bakel (1943-1984))。
話はユタ州のスピード競争に飛ぶが、1970年10月23日、LNGと過酸化水素を燃料とするBlue Flameと呼ばれるロケットカーは、米国ユタ州ボンネビル・ソルトフラッツ(Bonneville Salt Flats)で行われたスピード競争で時速630マイル(時速約1014キロ)の世界記録を樹立した(記録映像Blue Flame参照。フルストーリーはSPEEDQUEST参照)。それ以降Blue Flameは、27年その間世界記録を破られることがなかった。ボンネビル・ソルトフラッツは塩湖の跡にできた広大な平原。毎年、地上最速を競うボンネビル・スピードウェイが開催されている。ちなみにBlue Flameの記録を破ったのは1997年10月15日のイギリスのThrust SSC (Super Sonic Car) であり、ジェットエンジンを搭載して時速1227.723キロの速度を達成。世界で初めて音速を超えた自動車として知られている(記録映像Thrust SSC – Supersonic Land Speed Record Holder参照)。
ヘリット・ファン・バケルは、ユタ(Utah)州の塩の平原を音速に近いスピードで駆け抜けたBlue Flameに触発されてUtah Machine (1980)という作品を制作した。大きな車輪に小さな車輪を組み合わせた動く機械である。大きい方の車輪には油が入っていて、昼は太陽の熱で膨張し、夜は収縮する。一日の温度変化に伴う油の膨張収縮という自然現象の力を借りてUtah Machineは一日にわずか18ミリだけ前進するという。ファン・バケルは、当時世界最高速のロケットカーBlue Flameの時間の概念を逆転させた。
ファン・バケルはさらにこの動力学(kinetics)と時間の概念を発展させて、Tarim Machine (1982)という機械を作る。「エンジン」はUtah Machineと同じだ。円盤部分から太陽光を浴びた油の熱膨張によって駆動する。これは車というより、虫に近い。足が生えていてどんなでこぼこ道でも前進できる。しかし、きわめてゆっくりと、である。タリム(Tarim)とは中国・新疆ウイグル自治区にある東西約1500キロある広大なタリム盆地のことである。Blue Flameが一時間で走行する距離に近い横幅をもつタリム盆地の砂漠をファン・バケルのTarim Machineは三千六百万年かけて「走行」するという。三千六百万年というと人間にとっては「永遠」に近い時間である。Tarim Machineは、人間には気の遠くなるほどの時間の長さと重みを、人間には止まっているとしか見えない緩慢な動きを通して、私たちに教えているように思う。
ソロモンの知恵の言葉が思い起こされる。「神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。」(旧約聖書・伝道者の書3章11節)Tarim Machineがタリム盆地を東西に走行するのを誰が最初から最後まで見届けることができよう。
ヘリット・ファン・バケルの制作したTarim Machineはタリム盆地を走行することはかなわず、現在、アイントホーヘン工科大学に展示されている。
Tarim Machine – Gerrit van Bakel at TU/e EindhovenDetail Tarim Machine