「化粧用パッティング材」

平成20年(行ケ)第10398号審決取消請求事件

1.事件の経緯
原告は、発明の名称を「化粧用パッティング材」とする特許第3782813号(「本件特許」)の特許権者である。
被告は、本件特許について特許無効審判を請求したところ、原告は、本件特許について、特許請求の範囲の請求項1の記載を訂正する旨の訂正請求(「本件訂正」)をした。
特許庁は、本件訂正を認めた上、本件特許を無効とするとの審決(「本件審決」)をした。
本件は、原告が本件審決の取消しを求める事案である。

2.本件発明の内容
本件訂正後の請求項1に記載の発明(「本件発明1」)は、次のとおりである。

【請求項1】吸水性を有し,且つ,顔面の部分的パックに適する厚さ及びサイズに
形成された化粧用パック材であって,該パック材はウォータジェット噴射によって
表面加工されて成り,該パック材は複数枚が積層されて化粧用パッティング材を構
成し,且つ,該化粧用パッティング材は側縁部近傍を圧着手段によってパック材が
剥離可能に接合されて成り,該パッティング材に化粧水を浸潤させてパッティング
し,該パッティング動作終了後,該パッティング材から前記パック材を一枚毎剥離
し,該剥離したパック材を顔面の必要個所に所定時間装着させてパックできるよう
に構成されたことを特徴とする化粧用パッティング材。

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1 パッティング材
2 パック材
3 圧着凹部

3.本件審決の要旨
本件審決の理由は、本件各発明は,引用発明並びに本件検証物及び周知例1ないし8が示す周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,同法123条1項2号の規定に該当し,無効とすべきものである,というものである。

4.引用発明の内容
引用発明(特開2000-335667号公報)の内容は以下のとおりである。

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実施の形態として「この単位コットンは,必要に応じて複数層の積層構造体に…しても良い。」との記載あり。

5.審決が認定した本件発明と引用発明の相違点
本件審決が認定した本件発明と引用発明の一致点と相違点は次のとおりである。
一致点:
吸水性を有する化粧用シート部材であって,該シート部材は複数枚が積層されて化粧用パッティング材を構成するようになっている化粧用パッティング材。
相違点:
本件発明1は、化粧用シート部材が、顔面の部分的パックに適する厚さ及びサイズに形成された化粧用パック材であって、(1)該パック材はウォータジェット噴射によって表面加工されて成り、(2)化粧用パッティング材は側縁部近傍を圧着手段によってパック材が剥離可能に接合されて成り、(3)該パッティング材に化粧水を浸潤させてパッティングし、該パッティング動作終了後、該パッティング材から化粧用シート部材を一枚毎剥離し、該剥離した化粧用シート部材を顔面の必要個所に所定時間装着させてパックできるように構成されているのに対し、
引用発明は、(1)少なくとも単位コットン1(化粧用パッティング材)は、ウォータジェット噴射によって表面加工されて成っているが、各層(化粧用シート部材)がウォータジェット噴射によって表面加工されて成っているか不明であり、(2)単位コットン1(化粧用パッティング材)は積層した各層(化粧用シート部材)がどのように接合されているのか不明であり、(3)単位コットン1(化粧用パッティング材)に化粧水を浸潤させてパッティングし、該パッティング動作終了後、単位コットン1(化粧用パッティング材)から各層(化粧用シート部材)を一枚毎剥離し、該剥離した化粧用シート部材を顔面の必要個所に所定時間装着させてパックできるように構成されているか不明である点。

本件審決が認定した周知事項(抜粋)
周知事項1:
周知例1ないし3の記載及び本件検証物を根拠として、「化粧用品において、コットンを少なくとも構成の一部とする積層構造体の製造方法として、積層された各層の長手方向側縁部近傍を圧着手段で剥離可能に接合すること」は本件出願前の周知事項にすぎない。→相違点(2)に対応
周知事項2:
周知例4の記載を根拠として、「化粧用コットンを一枚毎に剥離して、パック材として使用すること」は化粧に関する分野において本件出願前の周知事項にすぎない。→(3)に対応

6.主たる争点と当事者の主張
以上を整理すると、主たる争点は、上記相違点(1)の「化粧用シート部材にウォータジェット噴射による表面加工をするとの構成」であり、裁判所は相違点(1)について本件審決の判断に誤りがあるとしたので、以下、相違点(1)について、本件審決の内容、原告と被告のそれぞれの主張をまとめる。

争点「化粧用シート部材にウォータジェット噴射による表面加工をするとの構成」について
[本件審決の内容]
本件審決は,引用発明の各層(化粧用シート部材)を1枚ごとに剥離可能としてパック材として使用可能とする際,その使用態様に合わせて各層(化粧用シート部材)にウォータジェット噴射による表面加工(以下「WJ加工」という。)をすることは当業者が必要に応じて適宜なし得ることであると判断した。

[原告の主張]
(本件審決の)この判断は誤りである。
・・・
イ 引用発明においては,単位コットンこそが,WJ加工等によりふっくらと仕上げられ,使用(気密性包装袋からの取り出し)の1単位となるものである(【請求項1】,【0009】,【0011】)から,仮に引用発明の単位コットンが複数層の積層構造体により構成されているとしても,使用に際して各層ごとに取り出されてしまう事態は避けなければならないところ,引用発明の各層にWJ加工がされると,使用に際して各層ごとに取り出されてしまうことになるのであるから,引用発明の各層とWJ加工とが結び付くことは決してあり得ない。
ウ わざわざWJ加工がされた化粧用パック材を後に1枚ごとに剥離することができるように複数枚積層して接合し,パック材とは別の用途を持つ化粧用パッティング材を構成するとの本件各発明の技術的思想は,引用例を始めとするいずれの刊行物にも記載されていない。

[被告の主張]
イ 審査基準が想定する当業者であれば,引用発明にWJ加工の技術を適用する場合において,その使用態様に合わせ,単位コットンの各層(化粧用シート部材)を1枚ごとに剥離可能としてパック材として使用可能とするときは,各層(化粧用シート部材)にWJ加工を施すものである(これに対し,単位コットンを剥離せずにそのまま使用するだけであるならば,単位コットンの表面のみにWJ加工を施すこととなる。)から,引用発明の各層にWJ加工の技術を適用することについて,原告が主張するような阻害要因があるということはできない。

7.裁判所の判断
以下、上記争点についての裁判所の判断を抜粋する(下線は筆者が付した)。

2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り。本件各発明関係)について
(1) 化粧用シート部材にWJ加工をするとの構成に係る解決課題
ア WJ加工に係る本件各発明の解決課題に関連して,本件明細書には,次の記
載がある。
【背景技術】
【0003】…汎用のパッティング材は,夫々化粧水を含浸させて用いられるので
あるが,化粧水をパッティング材に含浸させ,そして,このパッティング材を用い
てパッティング動作を施した後には,該汎用のパッティング材は廃棄される。然る
に,廃棄されるパッティング材には未だ多量の化粧水が残存しているのが通例であ
り,極めて不経済であった。
【0004】更に又,単に繊維を積繊して塊状に形成した…パッティング材では,
該塊状のパッティング材を引き剥がし,そして,該引き剥がしたものを顔面に装着
してパックと同様の使い方を為すことも考えられる。…
【0005】然し乍ら,単に繊維を積繊して塊状に形成したパッティング材の場合
に於いては,引き剥がす際に繊維が毛羽立つためパック材としての使用には適しな
い。
【発明が解決しようとする課題】
【0007】上記汎用品…のパッティング材の有する欠陥に鑑み,この欠陥を克服
すべくパッティング材に化粧水を含浸させてパッティングし,そして,このパッテ
ィング動作が終了後,該パッティング材に残存している化粧水をパックとしての再
利用ができるようにするために解決せられるべき技術的課題が生じてくるのであり,
本発明は該課題を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】本発明は上記目的を達成するために提案されたものであり,請求項1
記載の発明は…化粧用パック材であって,該パック材は複数枚が積層されて化粧用
パッティング材を構成し,且つ,該化粧用パッティング材は…パック材が剥離可能
に接合されて成り,該パッティング材に化粧水を浸潤させてパッティングし,該パ
ッティング動作終了後,該パッティング材から前記パック材を一枚毎剥離し,該剥
離したパック材を顔面…に…装着させてパックできるように構成されたことを特徴
とする化粧用パッティング材を提供するものである。
【0010】…パッティング動作が終了したときには,このパッティング材を廃棄
することなく一枚毎に剥離し,そして,剥離した各パック材を顔面…に…装着して
該パック材に残存している化粧水を用いてパックすることができる。
【0011】次に,請求項2記載の発明は,上記パック材はコットンにて形成され,
且つ,ウオータジェット噴射によって表面加工され…て成ることを特徴とする請求
項1記載の化粧用パッティング材を提供するものである。
【0012】この構成によれば,パック材はコットンをウォータジェット製法によ
って製造されるので,各パック材は,繊維が交絡し表面が平滑化される。すなわち,
平滑化とはコットンの短い繊維が交絡し縞状の微細な凹凸模様が形成されている状
態であって,パック材として使用するとき,或いはパッティング材として使用する
ときにも毛羽立たず,強度が保たれるため型崩れしにくいものとなる。
イ 上記本件明細書の記載及び本件訂正後の請求項1の記載(前記第2の2)に
よると,本件発明1及び2並びにこれらのいずれかを引用する形式をとる本件発明
3は,化粧水を含浸させてパッティングに用いる従来のパッティング材につき,パ
ッティング動作の終了後もパッティング材に残存する化粧水をパック用に再利用す
るため,複数枚の化粧用パック材を剥離可能に接合して化粧用パッティング材を形
成し,これをパッティングに使用した後,化粧用パック材を1枚ごとに剥離し,こ
れをパック材として使用することができるようにしたものであるところ,従来のパ
ッティング材のように単に繊維を積繊してパッティング材を形成した場合には,剥
離の際に繊維が毛羽立ち,パック材としての使用に適さないことから,個々の化粧
用パック材にWJ加工を施すことにより,その表面を平滑化し,パッティング材と
して使用する際はもちろんのこと,剥離してパック材として使用する際にも,表面
が毛羽立たないようにするなどしたものということができる。
ウ したがって,本件各発明において,個々の化粧用パック材にWJ加工を施す
ことにより解決すべき主たる課題は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パッ
ク材を剥離する際に生じる毛羽立ちの防止にあったということができる。
エ そして,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生
じる毛羽立ちを防止することが,本件出願当時の当業者にとって自明又は周知の課
題であったと認めるに足りる証拠はなく,かえって,被告が,化粧用コットンはコ
ットン繊維を積層したものであるため層の境界から容易に剥離することのできるも
のであると主張するところ(取消事由2に係る主張(3)ア)に照らすと,本件出願
当時の当業者は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に
生じる毛羽立ちを防止することを解決課題として認識していなかったものと認める
のが相当である。

(2) 化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各部材)にWJ加
工を施す動機付け
ア まず,引用例その他の刊行物の記載についてみる。
(ア) 引用例には,次の記載がある。
【0002】【従来の技術】…化粧用コットンはソフトな肌ざわりで,保水性・吸
水性に優れた綿製品であり,多くの場合は天然綿100%の素材を織り上げて使用
し,必要に応じて不織布等を積層する等して,平面四角形状を呈する板片状に形成
されている。
【0003】この化粧用コットンは,…柔らかな板片状の単位コットンに仕上げら
れ,このような単位コットンを100枚前後をひとまとめにして箱や袋に詰めて販
売製品としているのが実情である。
【0004】【発明が解決しようとする課題】上記の化粧用コットンは,元来ふん
わり感が出るように予め形成されているから,コットン素材は内部に多くの空気を
含んで嵩張った状態となっており,このままの状態で単位コットンを包装した場合
には,完成した販売製品も嵩張ったものとなってしまう。…
【0006】このため,本発明はコットンの使用性を落とすことなく,コットンの
嵩を約半分に圧縮した圧縮包装コットンを提供して,上述の問題点を解消せんとす
るものである。
【0007】【課題を解決するための手段】本発明の課題を解決するための手段と
して,まず請求項1記載のものは,圧縮状にした単位コットンを,複数枚ごとにま
とめて気密性包装袋で個別包装したことを特徴とする圧縮包装コットンである。
【0009】本発明によれば,圧縮状にした単位コットンを複数枚ごとに気密性包
装袋で個別包装したので,保管・輸送や店頭展示中に,コットンが元来の嵩に復元
することはなく,従来の製品と比較して約半分の嵩で販売製品が完成し,…気密性
包装袋を破いて中の単位コットンを取り出した際には,圧縮されていた単位コット
ンが外の空気を吸収して元の厚みに復元し,本来の使用感の良い化粧用コットンが
得られる。
【0011】…単位コットン1は天然綿等を素材とし,ウオータージェット加工等
の手法によりふっくらと仕上げられ,毛羽立ちが少ない肌にやさしい状態のものに
仕上げられている。この単位コットンは,必要に応じて複数層の積層構造体に…し
ても良い。
(イ) (略)
(ウ) (略)
イ 上記引用例の記載によると,WJ加工は,ふっくらと仕上げられ,内部に空
気を含んでかさ張った状態となる単位コットンを圧縮包装するとの構成を採用した
発明において,単位コットンをふっくらとした,毛羽立ちが少なく,肌に優しい状
態のものに仕上げるための手法の一例として挙げられているにすぎず,その他,引
用例には,積層構造体として形成された単位コットンから各層を剥離した際に生じ
る毛羽立ちを防止するため,各層にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は
示唆はない。
(略)
ウ そして,その他,本件全証拠によっても,化粧用パッティング材(化粧綿)
から剥離される各層(各シート部材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示
又は示唆のある刊行物(本件出願前に頒布されたもの)が存在するものと認めるこ
とはできない。
(3) 本件審決の判断の当否
上記(1)及び(2)のとおり,化粧用パック材にWJ加工を施すとの本件各発明の構
成は,化粧用パッティング材から個々の化粧用パック材を剥離する際に生じる毛羽
立ちの防止を主たる解決課題として採用されたものであるところ,同課題が本件出
願当時の当業者にとっての自明又は周知の課題であったということはできず,また,
引用例を含め,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離される各層(各シート部
材)にWJ加工を施すことを動機付ける旨の開示又は示唆のある刊行物(本件出願
前に頒布されたもの)は存在しないのであるから,仮に,本件審決が判断したとお
り,引用発明に周知事項1及び2を適用して各層(化粧用シート部材)の側縁部近
傍を圧着手段により剥離可能に接合するとともに,各層を化粧用パック材として使
用することが,本件出願当時の当業者において容易になし得ることであったとして
,また,引用発明の単位コットン(化粧用パッティング材)がWJ加工を施した
ものであることを考慮してもこれらから当然に,各層を1枚ごとに剥離可能とし
てパック材として使用する際にその使用形態に合わせて各層にWJ加工を施すこと
についてまで,本件出願当時の当業者において必要に応じ適宜なし得ることであっ
たということはできず,その他,引用発明の各層にWJ加工を施すことが本件出願
当時の当業者において必要に応じ適宜なし得たものと認めるに足りる証拠はないか
ら,相違点1に係る各構成のうち化粧用パック材にWJ加工を施すとの構成につい
ての本件審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。
この点に関し,被告は,審査基準が想定する当業者であれば,引用発明の各層を
1枚ごとに剥離可能としてパック材として使用するときは各層にWJ加工を施すも
のであるなどと主張するが,上記説示したところに照らすと,そのようにいうこと
はできないし,その他,被告主張に係る事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,化粧用パッティング材(化粧綿)から剥離された各層(各部材)に
WJ加工を施すことは引用発明から容易に想到し得るものではないのに,この点を
看過した相違点1についての本件審決の判断は誤りであるというほかなく,原告主
張の取消事由2は理由があるといわなければならない。

8.考察
本件発明は、使用方法(【請求項1】の太字で下線を付したところ)により発明の構成を特定しており、請求項の記載の仕方としては、必ずしも適切ではない。(実際、本件審決では、相違点に係る各構成のうち本件各発明の使用方法に係る構成は実質的な相違点でないと判断されている。)
物の発明は部材で特定し、(使用/製造)方法の発明は(動作/処理の)ステップで特定すべきであり、両者を混合すべきではない。
請求項1のより適切な記載(案)を挙げておく。

【請求項1】
化粧水を浸潤させてパッティングするために、)吸水性を有し,且つ,顔面の部分的パックに適する厚さ及びサイズに形成された化粧用パック材が複数枚積層されて化粧用パッティング材を構成し,且つ,該化粧用パッティング材は側縁部近傍を圧着手段によってパック材が剥離可能に接合されて成り,(該パッティング動作終了後は、該剥離したパック材を顔面の必要個所に所定時間装着させてパックできるように,)該パッティング材から前記パック材を一枚毎剥離可能にするべく、該パック材はウォータジェット噴射によって表面加工されて成ることを特徴とする化粧用パッティング材。

※ 括弧()内は、用途の説明なのでなくてもよいだろう。
※ 「該パッティング材から前記パック材を一枚毎剥離可能にするべく、該パック材はウォータジェット噴射によって表面加工されて成る」の太字下線部分は、作用(効果)に関する記載であるが、WJ加工の作用効果(すなわち本件発明の相違点が格別であること)を明確にする意味では、あった方がよいだろう。

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