2000年11月に改正された欧州特許条約(EPC)(いわゆるEPC2000)が7年の歳月を経てようやく2007年12月13日発効されました。EPCが制定された後、初めての大規模な改正であり、法律(Article)は条文番号こそ変わりませんが、大部分が修正されており、将来の改正にも柔軟に対応できるように規則(Rule)に一部の内容が移され、規則番号も変更されています。しかし、実務に実質的な影響がある項目はそれほど多くありません。
EPC2000について、実務上重要な改正ポイントと推奨される実務について説明します。改正法およびその規則は、一部の例外を除き、施行日以降に係属中もしくは特許されるすべての欧州特許出願に適用されます。
1.任意の言語で出願可能
日本語でもEP出願が可能であり、その場合、出願日から2箇月以内に翻訳文の提出が必要です。翻訳文を2箇月以内に提出しなかった場合は、EPOからの通知があってからさらに2箇月以内に提出することも可能です。翻訳のために最長4箇月の猶予があります。
[推奨実務]:翻訳文では逐語翻訳(リテラルトランスレーション)が要求されます。誤訳訂正はできますが、翻訳文提出後に上位概念化する補正をすると、新規事項の追加となる可能性が高いため、出願当初からEP実務に合わせて英語で明細書を準備することを推奨します。
2.以前の出願を参照するだけで出願日を確保可能
「以前の出願」(日本の出願でもよい)の出願日、出願番号、出願国を参照するだけでEP出願の出願日を確保できます。明細書、クレーム、図面のいずれも提出不要です。参照により、「以前の出願」の書類全体をEP出願に含めることができる他、「以前の出願の」明細書(クレームを含まない)と図面だけを参照し、クレームは後で提出することもできます(3節「クレームなしで出願可能」参照)。
「以前の出願」の書類の謄本(certified copy)を出願日から2箇月以内に提出することが必要です。「以前の出願」の言語がEPO(欧州特許庁)の公用語(英語、フランス語、ドイツ語)のいずれでもない場合は、翻訳文も出願日から2箇月以内に提出することが必要です。出願書類の謄本および翻訳文を出願日から2箇月以内に提出しなかった場合は、EPOからの通知があってからさらに2箇月以内に提出することも可能です。翻訳のために最長4箇月の猶予があります。
「以前の出願」の参照は、優先権主張とは別個です。通常、優先権主張も合わせてすることになります。なお、優先権主張の期限を過ぎた出願を参照することも可能です。
[推奨実務]:日本語で出願できることになったことから、参照による出願の利用場面は少ないと思われます。パリ優先期限の当日など、出願書類の準備も間に合わないような緊急時において出願日を確保する最後の手段です。日本からEPに出願する方法をまとめると、以下のようになります。
原則:日本の基礎出願の優先権を主張し、英語でEP出願
翻訳が間に合わない場合:日本の基礎出願の優先権を主張し、日本語でEP出願
緊急時:日本の基礎出願の優先権を主張し、日本の基礎出願を参照してEP出願
3.クレームなしで出願可能
出願書類にクレームを記載しなくても出願できます。クレームはEPOからの指令の後、2箇月以内に補充します。
[推奨実務]:上位概念化したクレームを後から提出すると、新規事項の追加となる可能性があるため、緊急時を除き、出願当初からクレームを記載することをお勧めします。
4.優先権書類の翻訳は原則不要
優先権書類の翻訳文またはEP出願明細書は優先権書類の完全な翻訳であるとの宣言の提出は原則不要になります。当該翻訳文または宣言は、特許性の判断のために優先権が効いてくる場合(引例の公開日が優先日と出願日の間にある場合など)に要求されることがあります。
[推奨実務]:優先権書類は審査官に求められない限り、翻訳する必要がなくなります。
5.先願後公開出願の引例適格
先に出願され、後に公開された欧州特許出願の内容は(同一出願人であっても)後願の新規性の阻却事由になりますが(Art.54(3))、従来は先願後公開の欧州特許出願は非指定国については後願の新規性を阻却させる引例とはなりませんでしたが、改正後は指定国に関係なく、引例になりえます。なお、EPを指定するPCTについては、国内手数料の支払いと翻訳文の提出が引例適格の要件です。
この改正については、施行日2007年12月13日より後の出願または分割出願についてのみ適用されます。
[推奨実務]:引例適格が非指定国にまで広がったため、新規性で拒絶される可能性が高くなります。これに関して特に実務上の変更はありません。従前通り、EPでは同一出願人、同一発明者でも先願後公開出願は新規性阻却の引例になる(いわゆる「セルフコリジョン」の問題がある)ため、実施の形態が共通の関連出願は同日に出願するなどのセルフコリジョンの回避策はこれまでと同様に必要です。
6.先行技術開示義務
EPOは、対応出願の審査における先行技術の開示を出願人に求めることができるようになります。開示を怠った場合は出願の取り下げとみなされます。
[推奨実務]:米国のIDSと同様に対応出願の拒絶理由で挙げられた引例を求めに応じて開示できるように準備しておくことが必要になります。
7.国際調査における発明の単一性違反のEP移行後の扱い
EPを指定するPCT出願(Euro-PCT)について、国際段階では発明の単一性がなく、調査されない発明については、従来は、(1)国際段階で追加調査手数料を支払う、または(2)国際段階で追加調査手数料を支払わなかった場合、EP国内段階のsupplementaryサーチレポートの際に、追加調査手数料を支払うことができました。しかし、改正後は、(2)のEP国内段階での追加調査手数料の支払いをする機会はなくなります。
従来は、2つの発明がある場合、EP国内段階で追加調査手数料を支払えば、第2の発明を先にもってくる補正をして審査を受けることができましたが、改正後はEuro-PCTについてはこの選択肢がなくなります。第2の発明については分割出願するしかありありません。EPOは発明の単一性違反を判断するときにEPC2000の規則を適用しますので、現在係属中の出願についてもこれは適用されると思われます。
[推奨実務]:
ケース1:EPを国際調査機関に指定した、英語のPCT出願→国際段階で追加調査手数料を支払う国際段階でEPOが調査をするため、EP国内段階であらためてsupplementaryサーチレポートを作成することはしません(国際調査の調査報告・見解書を援用します)。この場合、国際段階でEPOが調査した発明だけがEP国内段階で審査対象となります。国際段階で発明の単一性違反が指摘された場合、国際段階で追加調査手数料を支払わない限り、調査されていない発明をEP国内段階で審査対象とすることができません。
ケース2:JPO/USPTOを国際調査機関に指定した、日本語/英語のPCT出願→EP移行時にクレームの順序を変えることが有効
国際段階でJPO/USPTOが国際調査報告を作成した後(単一性違反がある場合は主発明について調査される)、EP国内段階でEPOは最初に記載された発明についてsupplementaryサーチレポートを作成します。つまり、国際段階、EP国内段階の2回にわたって調査を受けることができます。2つの発明がある場合、国際段階では第1の発明について国際調査を受け取っておき、EP国内段階では、第2の発明が第1の発明よりも先になるようにクレームの順序を変更する自発補正を国内移行時に行うことで、EPOのsupplementaryサーチレポートにおいて第2の発明についても調査を受けることができます。これにより、国際段階で追加調査手数料を払わなくて済みます。なお、この場合、EPOは第1の発明を調査していませんので、第1の発明についてはEP国内段階では審査対象とならないことに注意が必要です。
上記のいずれのケースでも、単一性違反のため審査対象から外れた発明については、分割出願することができます。
8.特許後のクレームの限定手続きが一括で可能
たとえば、特許後に特許を無効にするような先行技術が見つかり、先行技術を回避するために自発的にクレームを限定したい場合、各EPC締約国において特許を訂正しなくても、EPOに対してEP指定国の特許について一括で特許のクレームの限定を求めることができ、コストメリットがあります。ただしEPOは、クレームの限定が明確であり、新規事項の追加や権利範囲の実質的拡張に当たらないことを審査するたけであり、限定されたクレームが引例に対して特許性があるか否かは判断しません。特許異議申立がなされると、限定手続きは解除され、費用は返還されます。クレームの限定は遡及効があり、限定されたクレームで特許されたものとして扱われます。なお、EP各国の特許権そのものを取り消しすることもEPOで一括にできます。
EPC2000にはこれ以外にも多数の改正点があります。