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本件顧客情報に依拠したことを推認させる間接事実からも不正競争行為が推認できる。
平成12年(ネ)第5926号 損害賠償、営業行為差止等請求控訴事件 平成13年06月20日 東京高等裁判所(原審:平成10年(ワ)第4447号・同年(ワ)第13585号 平成12年7月17日 東京地方裁判所)
[判旨]
(原判決より引用)
被告枝川の個人所有のパソコンのハードディスクには本件顧客情報が入力されていたこと、被告会社のダイレクトメールの送付先には原告会社の顧客が多く含まれているのみならず、他社にとって有利な条件で契約を締結できる可能性のある顧客の占める割合の高いこと、その他本件顧客情報に依拠したことを強く推認させるデータの共通性が存在することからすれば、被告枝川が本件顧客情報を不正に取得し、同被告、被告松谷、被告会社がこれを利用してダイレクトメールの送付先を選定し、前記の通り約二六〇〇か所の事業所に送付したものと推認することができる。
[解説]
本件は、原告会社の元従業員らが、在職中に原告会社の有する顧客情報(本件顧客情報)を持ち出し、退職後に設立した同種の営業を目的とする被告会社において、これを使用して営業活動をおこなったとして、不正競争防止法2条1項4号・5号に基づき当該営業行為の差止めおよび損害賠償を請求した事件の控訴審である。
原審では、本件顧客情報の営業秘密性および被告らの不正競争行為が争点となったが、これに対し、東京地裁は、当該営業行為の差止めを含む原告の請求をほぼ認める判決を下した。さらに、控訴審においても、控訴人らの主張はいずれも退けられ、東京高裁は原判決を維持した。
不正競争防止法2条1項4号に規定する不正競争行為とは、営業秘密の不正取得行為自体、あるいは不正取得行為によって取得した営業秘密の使用等をいい、同法2条1項5号に規定する不正競争行為とは、不正取得行為の介在した営業秘密の使用等をいう。
本件においては、営業秘密である本件顧客情報は電子データであって、その使用行為を直接的に証明する証拠はなく、被告らが被告会社において顧客獲得を目的としたダイレクトメールを送付した事実、および当該ダイレクトメールの送付先と本件顧客情報との共通性など、証拠から推認されるいくつかの間接事実の積み重ねによって、被告らの不正競争行為が認定された。
ここで、原告側の要求が認められたのには、もうひとつ、原告会社における情報管理の徹底が大きく影響したと考えられる。
つまり、不正競争行為が認められるためには、そもそも保護対象である営業秘密を、法律上「営業秘密」であると言える程度に管理していること(「秘密管理性」という。)が必要とされるのである。したがって、原審では、本件顧客情報の秘密管理性を含め、本件顧客情報が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するか否かも争点となった。
「原告会社のコンピュータシステムにおいてはパスワードは用いられていないものの、実際上はパスワードが幾重にも設定されているのと同じ効果があると評価できる。」
本件では、原告会社における徹底した情報管理体制(例えば、端末からの帳票出力は特定のプリンタに限定されていた、等)に加え、本件顧客情報を作成する開発用端末機に数段階でのキーワード入力が設定されていたことがポイントとなって、本件顧客情報の秘密管理性が認められ、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当すると認定されたと言える。
(まとめ)
営業秘密の保護については、大きく分けて(ⅰ)契約による場合(ⅱ)不正競争防止法による場合の2つに分類することができる。不正競争防止法は、契約関係にない当事者間の関係をも規律するという点で意義を有するが、あくまでも民法の特別規定であるという立場から、その適用にあたっては、非常に厳格な判断がなされるのが通常である。
そもそも、企業おいてきちんと管理されていない情報は「営業秘密」というに足りず、そのような情報であれば特別に保護する必要はないというのが、不正競争防止法における営業秘密保護に関する考え方だと思う。したがって、従業員が退職時に会社の情報を持ち出し、それを別の会社で使用したとしても、営業秘密性が認められない情報であれば、不正競争行為とは認められない。
本件は、問題となった本件顧客情報についてその営業秘密性が認められ、さらには間接事実の積み重ねから不正競争行為が認定された点で、興味深い判決である。
弁理士 安田 麻衣子