ボストンマラソン爆弾事件の犯人が拘束されましたが、動機はまだ解明されていません。この二人の若者が人生の挫折などの個人的な動機からあのような恐ろしい事件を起こしたとはとても思えません。いろいろ調べていくと、「オープンソース・ジハード」という新しいタイプのテロとの闘いに私たちは突入した厳しい現実に直面します。
アラビア半島のアルカイダ(Al-Qaeda in the Arabian Peninsula; AQAP)が出版しているInspire(public intelligence)という、アメリカやヨーロッパに住むイスラム過激派に傾倒している若者を啓蒙するオンライン雑誌があります。
Inspire 2010年夏号には”Make a bomb in the kitchen of your mon”(p.30-40)という、ボストンマラソンで使われた、圧力鍋爆弾の作り方が詳細に説明されています。殺傷能力を高めるために釘を入れることや配線の仕方などがボストンマラソン事件で見た写真とそっくりなので驚きます。
そしてこの雑誌は、オープンソース・ジハード(Open Source Jihad)という言葉を使って、米欧に住むイスラム過激派の個々人が、アルカイダの訓練キャンプで軍事訓練を受けることなく、また、アルカイダから指示や支援を受けることなく、自国で自力でジハード(聖戦)に参加するようにと、呼びかけています。「リーダーのいないジハード」、「DIY(Do It Yourself)ジハード」とも呼ばれます。これは、テロリストへの包囲網が強化され、アルカイダの指導者たちが逮捕される中、これまでのような大規模に資金提供をしたり、テロリストをキャンプで養成するようなことが難しくなってきたことが背景にあると思います。
多数を殺害することではなく、米欧社会を新たな恐怖と社会不安に陥れることが彼らの目的であり、若者が参加しやすいように、ジハード参加のハードルをきわめて低くしているのも特徴です。殉教を美化する「自爆テロ」とは違い、自分が仕掛けたテロから安全に逃げる方法も教えます。
オープンソースといえば、ソフトウェアの世界で、ソースコードを無償で公開し、誰でもそのソフトウェアの改良、再配布が行えるようにすることを言いますが、これをジハードにつなげたあたり、この雑誌は、欧米の若者層をかなり意識しています。
Inspireを発行し、このような危険な記事を提供しているとされるのは、2004年のマドリッド列車爆破事件に関与したことのあるAbu Musab al-Suriという、機械工学出身の爆弾の専門家であって、たいへん影響力のあるアルカイダのテロリストです。シリア政府に拘束されていましたが、シリア内戦のため2012年2月に釈放されています。
Inspire 2012年冬号の“The Jihadi Experiences—The most important enemy targets aimed at by the individual jihad.”という記事には、今回のボストンマラソン爆弾事件を示唆するような記載があります。これからはアメリカと西側諸国において「スポーツ集会や大きな国際展示場、マーケットプレース、超高層ビルなど群衆が集まる場所をターゲットにする」(p.24)ことを示唆しています。
ボストンマラソン事件のあの二人の若者がこの雑誌を読んでいたかどうかはわかりません。
Inspire 2013年春号(最新号)は、道路を走る車のタイヤをパンクさせて大きな道路事故を起こさせる「アイデア」を紹介しています。
圧力鍋爆弾を使用したボストンマラソン爆弾事件。これは、米欧が、オープンソース・ジハードという、新しいタイプのテロとの闘いという局面に入ったことを象徴する出来事のように思えます。私たちは、米欧に住むイスラム過激思想に傾倒する若者がこのような危険な雑誌を読んでいるという現実を見据えて、今日の社会が抱える問題に向き合っていく必要があります。
欧米で生まれ育ち、民主主義の価値観を身につけた者が、過激な思想に共鳴し、自国で起こすテロ行為。ホームグロウン・テロ(Homegrown Terrorism)とも呼ばれています。米欧社会の若者(移民や留学生)がインターネットでアルカイダのイスラム過激思想に触れて、傾倒していくことも少なくありません。海外で特殊訓練を受けたイスラム過激派とは違い、特定の組織に属さず単独行動を取るため、検挙が難しくなってきています。
まもなくゴールデンウィークを迎え、海外に出かける日本人も多くなります。イスラム過激派を国内に抱える欧米諸国に行かれるときは、多数の人々が群がる場所で警備が行き届かないところはできるだけ避けた方がよいと思います。
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