欧州弁理士資格をもつ日本の弁理士(ドイツの事務所在籍)にEPOの審査実務について話を聞く機会がありました。実務に役に立つポイントを一部私自身の解説も含めて列挙します。
・EPO審査官は非特許文献を含めたサーチ能力が非常に高く、PPH(特許審査ハイウエイ)は有効ではない。早期審査するだけでサーチはやり直すからだ。
→もともとハーグに調査部を審査部から独立して設けたことによる(現在はハーグで調査も審査も行っている)。
→PPHよりもPACE(早期審査)の利用を勧める。
・EPOのオフィスアクションに補正せずに反論した場合でも、その反論が受け入れられない旨のオフィスアクションが出されるのが普通である。
→焦って補正しなくてもよい。
・EPOのオフィスアクションの回数は従来の3、4回から1~3回に減ってきている。何回もOAを出さずに口頭審理の召喚をして早期決着を図ろうとしている。
→OAの回数が減るので、拡張サーチレポート(ESR)に対する応答(応答は義務)を最初のオフィスアクションとみなして実質的な対応をした方がよい。(形式的対応で済ませるのはやめた方がよい。)
・審査の早期段階で複数の補正書(Main RequestとAuxiliary Requests)の活用を勧める。
→Auxiliary Requests(第2、第3の補正書)を活用するのは口頭審理のときに限られない(通常のOAでも提出可能)。Main Requestでは不安があるときに保険として活用し、口頭審理の召喚に至るのを避けたい。
→口頭審理は準備書面の提出期限が短く、明細書の記載不備に対して厳しい上、最後に口頭で拒絶または特許が言い渡される(拒絶の理由が記された決定は後日でないと送られてこない)など、出願人に不利な制度なので、現地と相談しながらできるだけ避けること。
→ただし最初のOAやサーチレポートの段階でAuxiliary Requestsを出して手の内を明かすのは得策ではない。
・補正の制限について、EPOの審査ガイドラインによれば、補正後のクレームの主題が当業者にとって当初明細書からdirectly and unambiguously(昔の日本の「直接かつ一義的」とはちょっと違う)に導き出されない情報を提供するものであるなら、その補正は許されない。
→簡単に言えば、「新しい情報がもたらされるならば、補正は許されない。」
→論理的に言えば、この命題の裏(inversion)は成立しないので注意。すなわち、「新しい情報がもたらされないならば、補正は許される」は成立しない。
→論理的に言って成立するのは、上記命題の対偶(contraposition)だけである。すなわち、「補正が許されるならば、新しい情報はもたらされていない。」EPOの審査官はそのあたりはきわめて論理的に思考する傾向がある。
→EPO審査官は、補正部分の文言だけを取り出して明細書に開示があるかではなく、明細書全体から補正後のクレームの主題が新しい情報を提供しているかどうかを判断している。(その判断によって、補正制限が緩く思える場合もあれば、かえって厳しくなることもあろう。)
→日本の知財高裁が、補正が、当業者によって、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「当初明細書等に記載した事項」の範囲内においてするものということができると判示したこと(平成18年(行ケ)第10563号審決取消請求事件「ソルダーレジスト」大合議判決)や、それを受けた最近の審査基準の改正と少し似ているところもあると思います。
→EPの補正制限は厳しいことを理解しつつ柔軟に考えるべき余地もないわけではありませんが、補正には最大の注意を払う必要があります。異議申立で申立人によりArticle 123(2)にもとづいて補正違反が指摘され、特許権者が補正を取り消そうとすると、特許の保護範囲を広げることになり、今度はArticle 123(3)違反になるという、補正を取り消すことも残すこともできないデッドロック状態に陥る(よく知られたEPC Article 123(2)-(3)トラップ問題)からです。
弁理士 青木武司
あることを調べていたら、たまたまこのページに来ました。これは私の昔の講演の話ですね。ありがとうございます。なお、私の意見では、口頭審理が出願人に不利、避けるべきものだとは思いません。また、口頭審理の際に特許が言い渡されることはなく、許可通知を出す、と言われるだけです。
ご指摘ありがとうございます。