「クルルンポイ」の損害賠償額の増額判決は外国企業に朗報

cloth nappies (diapers) on the line「におい・クルルンポイ」という商品をお使いでしょうか?赤ちゃんのおむつをくるるんっとフィルムに包んでポイっと捨てるものです。子どもが大きくなった私にはもう関係ないですが、おむつはトイレには流せないのでこれは助かりますよね。この製品、日本ではコンビ株式会社が販売していますが、製造元はSangenicというイギリスの会社であり、英国ではNappy Disposal Systemとして販売されています。

サンジェニック・インターナショナル・リミテッド(以下「英サンジェニック社」)は、赤ちゃんの使用済み紙おむつ処理容器のカセットに関して、日本において特許権(特許第4402165号「ごみ貯蔵機器」)をもっていますが、日本には子会社がないようです。英サンジェニック社は、当初、大阪のアップリカ・チルドレンズプロダクツ株式会社を日本における総代理店として包括的な販売代理契約を締結し、アップリカ社は英サンジェニック社の製品を輸入して「におわなくてポイ」という商品を販売していましたが、2008年に販売代理契約は満了し更新されませんでした。英サンジェニック社は、その後、東京のコンビ株式会社を日本における総代理店とし、コンビ社が英サンジェニック社の製品を輸入し、「におい・クルルンポイ」の容器とカセットを販売しています。一方、販売代理契約を切られたアップリカ社は、「におわなくてポイ」用のカセットの販売を続けていたようです。おむつ処理容器は、カセットを交換して取り付けて使用するものであり、プリンタのインクカートリッジと同様、カセット(消耗品)の販売も大きなビジネスになります。おむつ処理容器にサードパーティのカセットを取り付けることも可能ですから、カセットの販売を特許でどう守るかが鍵になってきます。

英サンジェニック社(原告)は、自らの特許権を侵害されたとして、アップリカ社(被告)に販売差止めと損害賠償を求めました。東京地裁は平成23年12月26日、アップリカ社による特許権侵害を認め、販売差止めと約2100万円の賠償を命ずる判決を下しました(平成21年(ワ)第44391号)が、英サンジェニック社は、損害賠償額を不服として控訴していました。東京地裁が認めた損害賠償額は特許法102条3項の「実施料相当額」であり、英サンジェニック社が求めた損害賠償額に比べて低いものだったからです。控訴審において、知財高裁は、平成25年2月1日、一審判決の約7倍の約1億4800万円の損害賠償を命ずる判決を下しました(平成24年(ネ)第10015号)。

損害賠償額が増額となった理由は、知財高裁は、損害額の算定に当たり、特許法102条2項の損害額の推定規定を適用したためです。この規定は、侵害者が特許権を侵害行する為で得た利益をもって、特許権者が被った損害の額(「逸失利益」と考える)と推定するものです。

一般に、特許権の侵害行為によって特許権者が損害を受けた場合、特許権者は侵害者に対して不法行為による損害賠償請求(民法709条)ができますが、それには、損害の発生と、侵害行為と損害発生の因果関係について、特許権者が主張立証する必要があります。しかし特許権侵害訴訟では、その立証には大変な困難が伴うことから、特許権者側の立証負担を軽減するために、特許法102条2項の損害額の推定規定が設けられています。

英サンジェニック社は、特許法102条2項の損害額の推定規定を適用すれば、損害賠償額はもっと高くなることを主張しました。しかしこれには超えなければならない判例法上のハードルがありました。特許法102条2項は、損害額を推定するものですが、損害の発生までを推定するものではありません。侵害者側は損害は発生していない(侵害行為と損害発生の間に因果関係がない)ことを反論することができます。これまでの裁判例では、特許権者が自ら特許発明を実施(製造、販売など)していない場合、逸失利益たる損害も観念し得ないことから、特許法102条2項の損害額の推定規定の適用には、特許権者による特許発明の実施が要件であると解されてきました。原審では、その従前の解釈の下、英サンジェニック社は、日本における総代理店であるコンビ社に独占的販売権を付与し、日本における原告製品の輸入及び販売はコンビ社が行っているのであって、英サンジェニック社が日本において特許発明を実施していたとは認められないとして、特許法102条2項の損害額の推定規定の適用を退けました。

確かに、英サンジェニック社は、日本において特許製品を製造しておらず(製造は英国で行われている)、また日本において特許製品の販売もしていません(販売しているのは日本の代理店)。しかし、このような杓子定規な法律の適用の仕方では、在外の特許権者の損害を十分に補填することができません。外国企業は、日本で自社製品を販売するために、既に日本市場に販路をもっている日本のメーカーを販売代理店として利用することも多いと思います。この点、控訴審において、知財高裁大合議は、英断を下したと思います。従前の裁判例とは異なり、特許権者が自ら特許発明を実施していない場合でも、特許法102条2項の損害額の推定規定の適用を認めたのです。

原告が主張したように、特許法102条2項は、損害(逸失利益)の発生までも推定する規定ではないところ、論ずべきは「損害(逸失利益)の発生の有無」であって、「特許権者の実施の有無」ではありません。特許権者による日本における特許発明の実施が、特許法102条2項の推定規定適用の要件であるかのようにこれまで論じられてきたのは、おかしいではないかというのが、今回の知財高裁大合議の判決です。

もちろん、特許権者が実施していない場合にいつでも特許法102条2項の推定規定が適用されるわけではありません。本件では、英サンジェニック社はコンビ社と独占販売契約を締結し、英国で製造された自社製カセットをコンビ社に販売(輸出)し、コンビ社がそれを日本において販売しています。このことから、英サンジェニック社はコンビ社を通じて日本国内に自社製カセットを供給し、日本市場を支配していることが認められます。また、英サンジェニック社のカセットは、被告の侵害製品と競合しており、被告の侵害行為がなければ、顧客は英サンジェニック社のカセットを購入していたであろうことが認められます。すなわち、被告の侵害行為によって、英サンジェニック社のカセットの日本国内での売上が減少していること(逸失利益の発生)が認められます。

このような事実経緯を踏まえて、裁判所は、原告には、被告の侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が認められることから、特許法102条2項の損害額の推定規定を適用しました。

外国企業が 日本において特許権を保有していても、損害賠償額が実施料相当額にしかならないのでは、日本で特許を取得して、日本市場に参入して競合メーカーと闘おうという意欲も減じられてしまいます。今回の知財高裁判決のような、現場のビジネス感覚に合った法律の解釈と適用は、特許権の活用を通じて市場の活性化を図る観点から、歓迎されます。日本はこのようなプロパテント政策をもっと推し進めるべきだと思います。

aoki

 

プライムワークス国際特許事務所
弁理士 青木武司

「クルルンポイ」の損害賠償額の増額判決は外国企業に朗報」への2件のフィードバック

  1. 森下賢樹

    そもそも、実施料相当額しか認めないのでは、裁判で「支払え」と言われるまで侵害しているほうが得。これが日本における特許取得を「白けさせて」います。その根本原理を改正する(米国的な懲罰規定?)か、今回のように102条2項を広く適用するか、ですね。そのあたり、時間のあるときに解説してください。外国企業のみならず、研究開発型(製造販売型ではない)国内企業にも大事です。それを支援しないと技術立国は死にますよ。産学共同をしていると痛感します。

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    1. Aquila 投稿作成者

      コメントありがとうございます。技術立国を標榜している日本がそれでは、研究開発に思い切った投資ができませんね。アンケート調査でも裁判所の損害賠償認定額は実際の損害を下回っていると考える企業が7割を超えています。「侵害し得」の社会です。

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